東京高等裁判所 昭和30年(う)4号 判決
被告人 林善助
〔抄 録〕
一、論旨第一点の(1)について。
刑法上窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思とは権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいうのであり、永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としないのである。本件についてこれをみるに、原判決挙示の証拠によれば、被告人は歩いて帰るのが嫌になり、山岡和弘店舗軒下にあつた同人所有の自転車に乗つて、同所から約千米離れた岡谷市小井川区若宮地籍通称リデゴ園踏切まで来たが、自転車が重いのと酒の酔のため疲れてしまい、自転車を同踏切に放置して帰つたものであり、その自転車を売り払つて金に換えるほどの気持はなかつたことは所論のとおりではあるが、さればといつて自転車を使用後山岡方へこれを返還する意思は微塵もなく、寧ろその反対に山岡方で借財の申込を拒否された腹いせから自転車を返さないで困らせてやる意図であつたと認められるから、被告人の所為は該自転車に対する権利者の支配権を完全に排除し、かつ一時的にせよ経済的用法に従い利用せんがためにこれを自己の支配下に置いたものというべく、その利用期間が短時間に過ぎなかつたとはいえ、不正領得の意思がなかつたとはいえないのである。原審がこれと同一見解によつて窃盗罪の成立する旨判示したのは正当であつて論旨はその理由がない。
二、同第一点の(2)について。
刑法第百二十五条第一項にいわゆる汽車又は電車の往来の危険を生ぜしめる行為とは、普通の観念において汽車又は電車の安全な往来を妨害する結果を発生する可能性があると認められる一切の行為を指し、脱線、顛覆等の危害が発生することの必然的な行為のみに限定せられた趣旨ではない。而して被告人の原判示所為は自転車を判示踏切軌条附近に放置したため、同所を通過した汽車が該自転車に衝突し、これを機関車の下に捲きこみ、よつて機関車左前部排障器等を損傷するに至らしめたというのであり、右事実は原判決引用の証拠によつて十分認定でき得るし、右所為が汽車の安全な往来を妨害する結果発生の可能性があり、現実に排障器の損傷を招き、汽車の安全な往来を妨害すべき結果が発生している以上は所論のように脱線、顛覆等の実害を発生すべき必然的理由までを併せ判示する必要は認められず、原判決が右所為を刑法第百二十五条第一項に問擬したのは正当で、理由不備、事実誤認の違法はない。論旨はそれ故理由がない。